体験デザイナーが買ったもの 2025

2025/12/31

箱根大涌谷 今年見た最もダイナミックな光景 ぐつぐつしていた

2024年は、その年に買った “モノ” を起点にして、そこで何を考えていたのかの記述を試みたのだが、私的記録に偏りすぎて冗長になってしまった。なので今年はもう少しシンプルに、手に入れてよかったもの、暮らしや制作への視点に良い影響があったモノなどを、振り返りも兼ねて(デザイナーとしての視点もちらほらと含めつつ)簡単に紹介する。

とはいえちょっと長いかも。長くなってしまった。まぁ気楽に流し見してください。

目次はこんな感じ

カメラ / Leica CL

日常のためのデジタルライカ

写真活動は視覚表現技能の訓練にもなるので、今年も写真を継続して撮り続けている。今年はスチルの受託(主にプロダクト)もはじめており、今のところ知り合い経由での仕事に限定してはいるが、商用の写真も少しずつ撮るようになってきた(今のところほとんど非公開の案件だが)。

昨年、Leica M11を使いはじめてからというもの、技術からではなく撮影体験をデザインするという観点から物質的なエンジニアリングへとアプローチするライカのプロダクトに対するプリンシプルな在り方にずっぽりと嵌まりこんでしまったので、今年も少しずつ撮影機材回りをライカに置き換えていっている。

業務以外の撮影では、最近は制作行為としての作品撮りと、訓練としての日常でのスナップ写真を意識的に分けるようにしている。そうなると、普段遣いのカメラは、業務や作品撮りで使う機材とはいくつか要件が変わってくる。 常時持ち歩ける軽さ、セットアップの小ささ、取り回しの良さ… Leica CLは、そうしたスキマをすっぽりと埋めてくれる道具となった。

取得価格のせいで機材を持ち運ぶことが難しくなるシチュエーションが生まれる、というのは本末転倒にも聞こえるかもしれないが、実際には携行品の保険との関係で業務で使用する際にはきちんと管理しないといけないという事情が関係している。

それに、カメラを持ち去ったりする人というのは案外世の中に沢山いる(実際被害にあった知人を複数知っている)ので、このあたりは日常生活の中で写真を撮っていくには残念ながら無視できない要素だったりする(この金額を完全に無視できるほど資本の余剰がある人であれば別だが)。その点、Leica CLは現在の一般的なミラーレスカメラの価格帯とそれなりに一致していて、扱いとしてもかなり気安い。

ライカのAPS-C機は、扱えるレンズの幅とAPS-Cセンサーのクロップファクターとのミスマッチがボトルネックとなっていて、おそらくそれが原因でAPS-Cセンサーのプロダクトラインはライカから消え去ってしまったのだと個人的には思っているが、しかし一方で、Leica CLは8年前の機種ではあるものの、カメラとしての完成度は2025年の市場のプロダクトたちと比較しても最も優れた領域に属する。中古にはなるが、もし興味のある方は一度どこかで触れてみていただきたい。

(現在、他のカメラメーカのカメラ価格が非常に高騰する中においては、CLはライカであっても高級品ということもなくなってきており、なかなかおもしろい現象だと思う)

レンズ / Voigtländer Ultron Vintage Line 28mm F2

Leica CL用レンズの個人的終着点

ULTRON Vintage Line 28mm F2 Aspherical – 株式会社コシナ

ライカのレンズはそもそも小さいからか、もしくは描写品質を優先しているためか、パンケーキサイズの厚みの “薄いレンズ” の選択肢が意外と少ない。そのため、コンパクトさを求めてCLを手にすると、どのレンズを選んでも期待していたよりもセットアップが大きくなってしまい、Qあたりと比較してCLである必然性が薄れ “ちょっと詰む” 現象がある。

さらに、CLはPanasonicやSigmaなどと共通のLマウントを採用しているが、Lマウントの薄くて軽くて明るいレンズ、となると選択肢が市場にほぼ存在しなくなるので、選定の難易度が爆上がりしてなかなか困ってしまう。

APS-Cのクロップファクターでは焦点距離の相当画角が1.5倍になるため、35mmは52.5mmとなって50mmを求める場合には都合が良い。 しかし、もう1つの標準である、35mm換算での焦点距離35mmを目指そうとすると、CLでは24mmのL/Mマウントのレンズを手に入れなくてはならなくなってしまう。しかし24mmとなると、選択肢は極端に減る(というかほぼ存在しない)。

それならば、換算で42mmになる28mmにしてしまってはどうか、と考えたのが個人的にとても上手くハマった。

28mmとなれば、選択肢はそれなりに増えてくる。同社の Color-Skopar 28mm F2.8 あたりも候補の1つとなるだろう。もちろんSummicron 28mmをアダプターで付けるのも良いかもしれない。が、せっかくCLを使うなら、コストも品質もほど良く収めたい。その点、Voigtländerはなかなかベストバランスなプロダクトを沢山世に送り出してくれている。ありがとうコシナ。

ちなみに2025年に生産終了になったとのことなので、現在在庫限り。Voigtländerのレンズはあっさり生産完了してしまってその後手に入らないということが常なので、入手したいと思っている方は急いだほうが良いやつです。

レンズ / Minolta M-Rokkor 40mm F2

軽くて甘くて自然、すべてがちょうど良いレンズ

こちらはM型ライカ用のレンズの話。

今年は自分にとって焦点距離40mmの年だった。Leica Q3 43やGRIIIxが出てきて、実は世の中的にも40mm付近はなかなかアツくなってきており、ずっと興味はあった。 Leica CL用に35mm換算で42mmとなる焦点距離を最終的に選んだのも、このレンズの経験によるものだ。

焦点距離40mm付近というのは、一般に最も歪みの少ない自然な画角であると言われている。この場合の歪みとは「肉眼とどれだけ相違があるかどうか」の意味だ。従来は50mmがそれに相当すると言われてきたが、御託はさておき、とりあえず40-43mmのレンズをカメラに装着してファインダーを覗いてみればすぐにそれがよくわかる。被写体が圧縮も誇張もされず、普段肉眼で見ているビジョンと同じように見える。

最初はその自然すぎる視覚像の印象から凡庸な画角だな、と感じていたが、40mmを使いはじめて、徐々に自分の今までの興味関心や点と点が繋がって、一本のコンテクストとして一気に収束していく感覚を、シャッターを切るたびに覚えるようになっていった。

ストリートスナップは別として、空間設計者としては、写真に求めるのはひとえに空間が写し取れるかどうかだ。 空間を構成する要素すべてを画角に収める一定程度以上の広角が望ましい反面で、広角過ぎると空間のパースが歪み正確性が下がり、肉眼との乖離も拡がって不自然さが増す。そのため、空間をメインにするのであれば概ね広角端は28mmが限界で、逆に圧縮されすぎる望遠端はせいぜい50mm程度が限度になる。

一方で、モノやインターフェースも設計するデザイナーとしては、オブジェクトを被写体にする場合もあり、像が歪まない50-100mmが理想値である。この2つの要件の矛盾が50mmではなんとかギリギリ両立するが、空間を収めるにはなんとかもう少しだけ広角である必要がある。

一本で納めようとすることがそもそも誤りではあるにせよ、常用するレンズというのはやはり付けっぱなしの一本でありたい(これは写真を撮っている方ほど理解してくれることだと思う)。 それらのちょうど都合の良い、良いとこ取りが、自分にとっては40mmであったらしい。

Mマウントの40mmの選択肢は市場にほとんどないため、多くの人は必然的にSummicron-C 40mm F2に行き着くだろう(他の選択肢だとVoigtländerではNOKTON Classic 40mm F1.4等がある)。Summicron-C 40mm と M-Rokkor 40mm は歴史的背景から基本的にはほぼ同一設計のため、どちらを選んでも描写自体はほとんど変わらない。そのため、中古市場での数が多く良い状態の玉が出やすい、より安価なM-Rokkorを選んだ。

描写としてはライカレンズらしさがありつつも、古いズミクロンに似ている。 階調特性は非常に優れているが、カラーの各種収差は大きい。ただ自分はモノクロで撮影することが前提なのでこのあたりは一切気になることはない。

最近は写らなければ写らないほど良いと考えているということもあり、シャープネスが甘いM-Rokkorは自分の好みと相性が良い。しかも異常に軽く、レンズを付けていないと思うくらいに軽快に扱うことができる。これは自分にとっての1つの「アガリ」であると感じる程度には気に入っていて、手に入れてからはもうずっとM11に付けっぱなしになっている。

以下インターネット集合知用情報

制作の道具 / reMarkable 2

デジタルでアナログなスケッチブック

reMarkable 2 は一言で言えば「ペン付きモノクロ電子ペーパー」だ。デバイスでできることも、それでほとんど説明が終わってしまうくらいにシンプルなプロダクトであり、基本的には「ただ描く」ことしかできない。

ここ数年、電子ペーパーで手描きができるプロダクトが沢山登場してきているが、reMarkableはその潮流の震源地でもある。たとえば同様の 電子ペーパー端末BOOX はAndroidを搭載しており、アプリをインストールしたりクラウド同期できたりと様々なことができる。reMarkableに影響されたであろう、構成要素や特徴をほぼそのまま転写して高機能化したようなプロダクトも各社に存在している。

対して、reMarkableは独自OSでアプリストアどころかアプリの概念すらない。立ち上げるとスケッチの管理画面が出てきて「描く」機能しかない。スケッチファイルのオンライン同期とクラウドへの送信だけはできるので、基本的にはPCやスマホの専用アプリ経由で描いたスケッチを参照したりエクスポートして活用する、という使い方になる。 元々は手描きでメモを取りたい需要向けの製品であるから、現在でもイラストやスケッチ用途でのユースケースの情報はほとんどない。それでいて、できることを考えると非常に高価な価格設定がされており、さらに日本語に対応していないため日本人ではほとんどユーザを見かけない(Twitterでも2-3名ほどしか観測できていない)。

それなのに、なぜこのデバイスを選ぶのかといえば、ただただ描き心地を求めてのことだ。快楽すらも覚える筆記感が得られるタブレット端末は、おそらく市場でもreMarkableくらいだと思う。巷のレビューを見ても、描き心地だけは一番という評価が定番となっている(逆にそれ以外の要素については評価が高くはない)。フィールとしてはWacomのフェルト芯をより強くした摩擦感であり、しかしペーパーライクフィルムのような不自然さもない。デジタル筆記のためのベストバランスといった感じ。

reMarkable公式のプロモーションを眺める限り「アナログの筆記をどうしても優先せざるを得ない人」がプロダクトのメインターゲットになっているようで、マーケティングとしても少々特殊だ。彼らのために様々な機能が用意されていることもあって、実はこのデバイスを使える属性を持つ人というのは、おそらくかなり限られている。アーティストやデザイナー向けとしては作られてはいない。

その点、デザインスケッチは基本的に線画がメインとなるので、ありがたいことに、このデバイスでできることと実際にやっていることの集合がちょうど偶然にも一致していた。もしかしたら上手く使えるかもしれない…そんなことを逡巡しながら、ブラックフライデーのタイミングを見計らい、ようやく入手した。

数年前に独立した際、アナログを完全にデジタル移行した。長年使っていたスケッチブックも、激務を共にしてきたモレスキンもどうにかして卒業した。それからしばらく経ち、それなりに上手くやってはいるのだけれど、最近になって、手から受ける「描いている感覚」のフィードバックが制作に活かされていないという違和感が、徐々に気になりはじめた。

どうやらiPadのツルツル面では何かが失われるらしい。何が失われているのかは明確にわかってはいないものの、インスピレーションが極端に減っていることに気がついてしまった。ということで、今後reMarkableを使うことによって、どのように変わるのかを自分自身に期待している。

日用品 / Kinto CAST water jug 750ml

今日も水で茶をしばいていく

今までずっとPC作業の際にはペットボトルのミネラルウォーターを常備していたのだが、ペットボトルのゴミが気になることと、もう少し豊かな水分補給のあり方はないものか?と考えた結果、今年から水出し茶を卓上に常備するスタイルに切り替えてみた。

試してみると、750mlくらいが一日で飲み切るのにちょうど良く、水量がどのくらい減ったかで、その日どの程度作業をしたのかがなんとなくわかったりもする。見た目のシルエットや造形的なプロポーションが良いため、作業の視界に入っても邪魔になることもない。

制作作業時の水分補給は重要だ。水分補給後に認知能力が一時的に向上するという研究もあるくらい、水分補給は人間にとって大きな影響力を持っているから、パフォーマンスの維持も含めて、机の上に設置して、ちびちびと飲み続けている。

皆さんもはじめてください。MCS(水で茶をしばく)習慣。

家具 家電 / 直火式ホットサンドメーカー

しば犬製造マシーン

電気式ではなく直火式のホットサンドメーカー。少し前にホットサンドメーカーが大ブームになった際には一切興味が起きなかったが、最近ダイキャスト製の製品がいくつか出てきており、プロダクトとして気になったので体験してみることに。

ホットサンドメーカー シングルバーナー用 ガス火 直火式 コンパクト アルミニウム TT-1315 | Campingmoon

今メインで使っているのはキャンピングムーンのもの。アルミダイキャストだがかなり安価で気楽に使えるのが魅力。

ミニマルホットサンドメーカー ST-952 – SOTO|ソト

モノとしての品質はSOTOのミニマルホットサンドメーカーの方が優れている(価格も倍程度する)。が、キャンピングムーンの方は完全な一体成型のため、メンテナンス性は高い。

どちらもアウトドア用ということで、取手を折り畳めたりねじ込み式で分解できたり、2枚に分離して扱えたりするため、日常使いでも便利に使えてよく出来ている。 近年は「ある特定の特徴を追求した洗練」という視点において、アウトドア分野のプロダクトデザインから学ぶことはたいへんに多い。

一般の調理器具としての扱いやすさを追求したはずのホットサンドメーカーよりも、限定された環境での利用に特化した制限の多いアウトドア用の方が、使用部材も構造も簡素化されていった結果、むしろ洗練され扱いやすくなっている、というのは、厳しい環境が生物へ進化を促すのと同様に、モノの発展の構造を示唆しているようにも思える。

余談だが、「ホットサンド」という調理方法は日本独自に発展したものらしい。もちろんサンドイッチを焼いて再調理するという概念は割と一般的に存在していて、アメリカだとGrilled Sandwich、フランスではクロックムッシュ、イタリアだとPaniniをプレスして焼いたりと各国様々だが、一方でWhite Breadをプレスして蒸し焼きにするような独特な様式は珍しい。こんなところにもカレーライスやラーメンみたいな存在が潜んでいるのか〜と楽しくなる。

焼き目がしば犬であることもたいへんに健康に良い。

本 / 三体 三部作 劉慈欣 著

2000ページ超えSF大作

三体: 書籍- 早川書房オフィシャルサイト

買ったもの、とは少し違うかもしれないが、ようやく三体三部作を読み終えた。おもしろかった。

この手の長編作品はまとまった時間がないと消化することが難しい。特にデザイナーは気がつくと時間がなくなっている種類の職業なので、長編を読めずにいるデザイン業界人というのは多いのではないかと思う。独立して活動していると、そもそも本を読む時間を割くこと自体が難しくなってくるということもある。

三体の1つ前には「プロジェクト・ヘイル・メアリー」をたまたま読んでいたのだが、この2つを続けて読んで良かったと思う。現代の世界の2大強国、米国と中国とのそれぞれの価値観が相対化され、思想や世界に対する認識、歴史までもが浮かび上がってくるような読書体験となった。今どちらかを読んでいる方は、続けてこれらを読むことを強くおすすめしたい。

アプリ・ソフトウェア (おまけ)

残念ながら今年は良いソフトウェアにめぐり逢えなかった。

近年は、新しい概念を持ったソフトウェアやサービスが登場して、制作の方法が道具側からアップデートされることで、プロセスやフローのダイナミズムが一定程度担保されていくというのが、メディア表現系のデザインの潮流であると感じていたので、ここに当てはまるものがないというのは道具側の変化が鈍くなってきていることの顕れかもしれない(私が見つけられていないだけということもある)。 ここ数年はiOSのホームもMacのDockもほとんどが同じ顔ぶれで、新しい風がなく少々寂しい。面白いものがあったら教えてください。

強いて言うならMilanoteのモバイルアプリがリニューアルしてPC版と同じ使い勝手になったことぐらいだろうか?Milanoteは素晴らしいので皆さんぜひ使ってみてください(ビジュアル思考の方におすすめ)。

これだけAIサービスが全盛になりつつある中で、ことクリエイティブの分野においては制作を支援したり新しい切り口や方法を提供するサービスが出てこないというのは、何らかの歯車が噛み合っていないような気がしないでもない。AIに社会のリソースが吸われすぎて、AI以外の新規プロダクトが登場しづらい状態にも見える。ひとまず今年は「なかった」という情報を記録しておきたいと思い、この項を設けた。

おわりに

事務所も立ち上げから丸7年が経過し、必要なものが概ね整ってきたこともあって、今年は今までの資産を上手く使って回していけるかどうかを試していたりしていた年でもあった。 新規の支出を抑えながらも「今までと同じか、もしくはプラスアルファのパフォーマンスを発揮する」ということがスタジオ運営側のテーマだったので、目立った大きな機材支出は1つもない年になった(えらい)。 一方で、手の内のリソースを用いて色々と活用をしていくにつれ、個人でやっていくことの限界のようなものも見え隠れしてきた年でもあった。

本来は「持っているものを用いて上手に勝負すること」が基本ではあるものの、しかし同時に設備や機材に投資を行うことで、表現できることが単純に拡張されるというのも事実なのである。しかし現実的にリソースは限られており、特に個人の商いの規模では到底手に入らないような業務用の機材というものがいくらでも存在している。何かを深く研究していくと、あれがあったらこういうことができるのに、という壁に阻まれることがしばしば増えてきた。

たとえば少し前に3Dスキャン系のR&Dをパートナー企業と長期で行っていたのだが、デザインリサーチを進めていく際に、ある一定の(業界的に未踏の)領域を超えたあたりから、新たに必要な機材が次々と出てくる、ということが起こった。到底個人の商いの規模では入手不可能だが、しかし投資を行えば確実に一定の成果が生まれる、という壁を眼の前にして、これがつまり個人事務所の限界なのか?という問いが頭にこびりついたのを覚えている(しかし例えば小規模組織のデザイン事務所を構えたとしても、これが単純にクリアできるわけではないのが難しいところでもある)。

組織でのスケールメリットの有無が、制作できるものの幅に直接影響を及ぼす、という現象を実際に体感しはじめたのはこの1-2年のことだが、もう少し俯瞰して捉えれば、表現に通じる何らかの道具を手に入れる、ということは、経験からしても、表現活動に大きな影響を与えることは間違いがないように思える。 おそらくこれは生活でも同じで、たとえばある日用品を手に入れることで、世界の見方や生き方が変わることだってあるだろう。

そうしてあらゆる要素が人間を不可逆的に変化させていくならば、何かのための道具を手に入れるという行為、モノを買う、という営みが、どれほど我々の人生に影響を与えているか、どれほどそれが重要であるか。 近年、新しいモノを買うことは、環境負荷の観点から一種の悪行であるというコンセンサスが一定程度広まりつつある。これは社会の持続性を考慮すれば当然の帰結であると言えるが、一方で、人間が何か新しい価値を生み出すための道具やそれをアシストするモノを手に入れることについても、それらを「単なる消費活動」として大きく括ってしまうのは惜しいようにも思えてくる。

2025年は、モノを買わないことを考えることで、むしろモノを買うことの重要性がより理解できた、そんな年となった。

2025年12月31日
sabakichi